2009/07/31

梅田界隈の違法駐輪の取り締まりが最近厳しくなっている件

最近、大阪市内の自転車の違法駐輪の取り締まりが厳しくなってやしないですかね?

黄色の警告札が貼っつけられるのはしょっちゅうなので特に気にならんのですが(笑)、赤札、30分後に問答無用で撤去しまーす!という札がですな、最近、出まわりすぎです。で、実際に撤去車を走らせて、撤去してやんの。。。。




えーっと、あくまで噂なので、あんまりでっかい声では言えないんですが。
今年のとある日、とある会社員が梅田の茶屋町で、歩道を歩いているとき、車に轢かれて、亡くなられたそうです。
車は、歩道から車道に溢れている違法駐輪自転車をよけようとして、そんときにハンドル操作を誤ってしまい、歩道を歩いていた会社員を轢いてしまった、と。

もちろんこれは、悲しい事故です。
ただ、その、亡くなれた方が、現・大阪市長の平松市長の出身企業の方で、平松市長とは、かつての同僚だったらしいのですね。
それで、心を悼めた平松市長は、違法駐輪自転車をどげんかせんといかん!と、宮崎県知事のような口調で言ったかどうかは知りませんが、とにもかくにも、元凶はそこにあるんだ!ってことで、一斉取り締まりに力を入れはじめた…、と。

あくまで噂として耳にしたもので、そこは強く強く断っときますから、関係各所は、名誉毀損とかで訴えないように。街で飛び交ってる、他愛もない噂ですから!

とにかく、そーゆー経緯があったかどうかはともかくとしても、最近の梅田周辺の違法駐輪の取り締まりは、明らかに厳しくなってます。



そりゃ、違法駐輪のせいで、いろいろと迷惑がかかることもわかってますよ。

でもね、停めるところがないねんもん!

ビルの前とか、そのビルに用事があって行ってるのに、チャリを停めるところがなくて、仕方なしに、ビルの前に無理矢理停めるとガードマンが飛んできて、停めるな!って言うしな。

でもさ、大阪市はビル施設敷地内に自転車置き場を最低25台分は確保して設置せんとあかん!という条例があるはずやん。その自転車置き場も設置せずに、停めるな!は、ないと思うのですね。
今、条例改正の動きがあって、ビルの大きさによっては、最低でも100台分のチャリ置き場を確保して設置せなあかんようにするよう目指してますけど、その条例改正が議会を通過するまえに工事をはじめちゃえ!って、今、駆け込み工事してるビルも多いしね。

そのうえですな、大抵のビルのまえの道路は、公道もしくは認定道路でしょうに。なんぼ私道や私有地やと言い張ったところで、不特定多数の人がそこを通れるようにしてるんやったら、税制優遇を求めるためにも、地主さんは、きっと認定道路にしてるでしょうに。

認定道路やったら、ガードマンに、チャリを停めるな!という権利もなければ、どける権利もない。それをやっていいのは、大阪市だけでっしゃろ。府警は、たぶん、出てこんやろうしね。


ほいで大阪市。
チャリを撤去するんやったら、チャリ置き場をつくれよな。

芝田の、WINSのまえの道路の高架下にあるチャリ置き場なんて、放置自転車で溢れてて、停めたくても停められやせん。


梅田界隈に行ったとき、というかほぼ毎日行ってますが、僕がチャリを停めてるところは、今んところ、黄色い札を貼られることはあっても、撤去はないですわ。
怖いから、そこがどこなんかはここには書きませんが、写真だけ載せときます。




ここは、撤去に来んといてな、大阪市。
もしくは、チャリ置き場をなんとかしておくんなはれ。



大体、撤去されたチャリを引き取りに行ったら、2,500円の費用を請求されます。引き取りに来ん人も圧倒的に多いやろうから、そういう自転車は、最近流行りの中古チャリ屋が、キロ@いくらで、めちゃ安で買い取って、レストアして5,000円とか6,000円とかで売ってます。
そういう値段のチャリが出まわるから、仮に撤去されても、皆、惜しげもなく引き取りにいきませんな。リサイクルの悪循環?(笑)


大阪市全体で違法駐輪の撤去費用が、保管料含めて、16億円でしたっけ?
どっかの市だと、1台あたりの撤去・保管費用が4万円でしたっけ?


そんだけあったら、駐輪場を増やそうよ、大阪市!

2009/07/30

ザ・シンフォニーホールに行く、もとい、拉致られる(笑)



えーっと、クラシックのコンサートに行ったのでいた。もとい、拉致られたのでした(笑)

僕は、ほぼ世界中の音楽を聴くし、ジャンルもかなり自由に横断するし、前衛から古典まで分け隔てなく聴くほうですが、いわゆるクラシックの本流だけは、あんまり受け付けないんですよね。

ストラヴィンスキーなんかのバレエ音楽は好きだけれども、モーツァルトもいくつかは好きだけれども、マーラーだとかドボルザークだとか、ロマン派も印象派も、とんと興味を引かれません。
ボンテッジといえばいいんだろうか、ガチガチに枠にはめたがる十二階調平均律を主体とした音楽に、それほど魅力を感じないんですね。
倍音も認めない、ブルービートも認めない…、それは教条主義以外の何者でもないと思うんですけどね。
演奏と楽器にはめられた枠もさることながら、聴く姿勢にも枠をはめたがるので、ちょっと面倒でね。

まあ、そんなわけで、クラシックの殿堂的な場所であるところのシンフォニーホールに足を向けることなどまずないのですが、いろいろとありましてですね、このたび、足を運んだ…、もとい、拉致られたのでした(笑)

シンフォニーホールには初めて行ったような気がするのですが、なーんか、デカいというか、壮麗というか、まあ、立派!としかいいようのない建物ですな。我ながら陳腐な表現だけれども(笑)

旧朝日放送の横にあるので、朝日放送が絡んでいるのかなと思っていたら、案の定で、朝日放送が創立30周年の記念事業の一環として、日本で初めて建設されたクラシック・コンサートの専用ホールらしいです。音は、びっくりするくらいにいいですね。それだけは感動した(笑) 調べてわかったんですが、残響2秒だそうです。そんなホール、世界中探したって、なかなかあるもんじゃないですわ。

ステージ正面には、なかなか感動的なサイズのパイプオルガンがあって、スイスのクーン製、3段鍵盤のパイプ数3,732本です。中之島公会堂のも感動的なデカさですが、こちらもなかなか。


と、wikipediaに書いてある以上のことが書けないのが、あんまり興味のない分野について書く悲しさです(笑)

とにかく、セレブな格好した人がたくさん来てはりました。

そりゃあなあ、奴隷を働かせているあいだにサロンで花開く芸術もあれば、パンに涙の塩して食べることで初めて生まれる芸術もあるので、どっちがどうと言うつもりはないけれども、僕は、やっぱ、由緒正しきプロレタリアートに属している人間として、地の塩とともにある表現のほうが好きですな。

まあ、世の中を一方しか見ることのできない人は、この場所は好きだろうな、と、思ったのでした。

ステータス?
音楽の本質となんの関係があるのか?(笑)


今日はこのへんで。





ザ・シンフォニーホール
大阪市北区大淀南2-3-3

2009/07/29

核シェルターチックで超モダンなお寺さん、堂島薬師堂

堂島方面は近頃滅多に行かないのですが、久しぶりに用事ができて、アバンサ堂島に行きました。

行けば、本屋好きのオレはジュンク堂にも行くわけですが、ここは広すぎて、なにがどこにあるのかわからん(笑)
僕が根城にしている紀伊国屋書店の梅田本店もたいがい広いですが、根城にしているだけあって、どこになにがあるのかほぼすべて把握してあるので、苦になりません。慣れない本屋さん、かつ広い本屋さんというのは、やっぱ行くもんではないですな。

それはさておき、アバンサ堂島を出て、ビルの裏にチャリを走らせていると、おもしろいものを見つけました。

なんか、むかしのサッカーボールみたいに多角形の矩形を貼り付けたドーム状の建物で、しかも全面鏡張り。



近づいてみると、なんと! お寺さんなのでした。




べつにひっそりと建っているわけではないので、この界隈を活動エリアにしている人たちにとっては見慣れたものなのかもしれないけれども、滅多に来ない僕にとっては、かーなりビックリ!なお寺さん☆

慌てて碑を見にいくと、堂島薬師堂ですか~。





核シェルターかと思いましたわ(笑)


そーいえば、まだ堂島が開拓される前から薬師堂があったという話は、聞いたことがあります。
そもそも、堂島の名も、ここにお堂があったから、というのが由来になっているという説もあります。
そのお堂がですね、開発やら再開発やらを経て、今、未来チックな意匠を纏って、この地に安住されているのですね。

調べてみたら、1400年前から、この薬師さんはいらっしゃるらしいですな。ということは、聖徳太子とか推古天皇とか、そういう時代じゃないですか。
その時代から管轄が変わっていないとすれば、法相宗か華厳宗ということになるのですが、そこに当たりをつけて調べてみたら、やっぱりそうで、法相宗の総本山である奈良の薬師寺さんを本山とするお寺さんなのでした。

法相宗というのはなかなかおもしろい考えかたをする教えでして、世界は普遍的にひとつだけあるのではなく、10人いれば10の世界があって、つまりは、人が認識している世界はすべて人がつくり出したものである、とする考えです。
人はみんな共通の世界に住んでいると思っているのだけれども、じつはそんなことは全然なくて、モノの見方、感じかたが千差万別であるように、人の数だけ世界があるのだ、と。
難しい言葉で「人人唯識」というのですが、これは、20世紀になって西洋哲学の世界でハイデッガーが示した「存在と時間」や「認識論」とピッタリ重なってくる考えかたですな。
三蔵法師がインドから持って帰ってきて、それが日本に伝わったモノの考えかたですわ。

ま、教義はともかくとして、ここに今、薬師さんがいらっしゃるわけです。
薬師さんは、手に薬壷を持っていることでもわかる通り、病気を治してくれる如来さんなのですが、病気が転じて、現世利益を期待する向きに人気のある如来さんです。死んでから天国に行けるとかはともかくとして、今、なんとかしてくれ!と願ってる人に人気のスターです。

堂島といえば長らく米相場の立ったところですから、ゼニ、ゼニ、ゼニ、の、それこそ唯物論の権化のような場所、今でいえばウォール街みたいなもんですから、薬師さんが人気者で、大切にされてきたことも、さもありなんです。


かつて、この地に毎日新聞社があったころ、戦後、毎日新聞社が増築した際に、敷地内に祀られていた薬師堂を敷地東向かいの社有地に移し、その後、堂島アバンサを建設するにあたり、奈良の薬師寺と地元の堂島薬師堂奉賛会からの要請もあって、元の場所に戻ったのだそうです。

そのとき、ミラーガラスを使ったドーム型のモダンなデザインのお堂に生まれ変わりました。ミラーガラス127枚を組み合わせた直径7メートルのドームです。

ここの薬師さんは、正式には薬師瑠璃光如来といいまして、瑠璃光を纏っているそうで、ならば、ということで、瑠璃光の意味するところの神々しい光というか、そういうものをイメージして、ミラーガラスのお堂になったんでしょう。
奈良にある新薬師寺のお堂にも、今ではステンドガラスが嵌め込まれてるし、そう突飛な発想だとも、僕は思いません。

日本における仏教は、一般的にイメージする宗教というよりも、民主主義や社会主義といった、世のなかのシステムを構築するためのものの考えかた、文明などが総体として伝わってきているので、お寺さんの伽藍等も、最新の建築技法や土木が導入されてきました。そうした技法も含めて仏教だったので、日本の仏教のお寺さんは、いつだってモダンだったはずだし、その伝でいくと、この核シェルターのような超モダンなお堂は、しっかりとその伝統を継承しているのだと、僕は思います。


そうそう、お堂の周辺は池になっていて、ちゃんと蓮もありました。さすが☆










堂島薬師堂
大阪市北区堂島1-6-20

2009/07/28

大阪天満宮の南門天井にある十二支のモチーフのうち、「酉」は「鳳凰」になっている


大阪天満宮の南門(正門、でっかい門のことですね)の天井に、十二支をかたどったモチーフが飾られているのですが、十二支のうち、酉のところの図柄が、鳥じゃなくて鳳凰になっているのですね。字は酉だけれども、図柄は鳳凰。

これはですね、菅原道真が太宰府に左遷されることが決まって、出発する朝ですな、お母さんと今生の別れになるかもしれない別れを惜しんでいたところ、出発を急くような勢いで、一番鶏がコケコッコー!と鳴いたというのですよ。
それが元で、天満宮では酉が嫌われ、天満宮の難問の天井にある十二支のモチーフは、酉が鳳凰に変更された、と。

そんだけの話なんですけどね(笑)


まあ、十二支というのは、わりといい加減で、発祥は中国だけれども、中国文化の辺境に行くと、十二支の中身が変わってたりするのは、よくあることですからな。
象がいたり猫がいたり、ベトナムやらミャンマーやらラオスやら、あのあたりに行くと、今でも、日本の十二支とは違ってたりします。



ということで、天満宮にお越しの際は、皆さんもご確認あれ。




大阪天満宮
大阪市北区天神橋2-1-8

2009/07/27

西天満からまた昭和の灯が消える

裁判所があるブロックの1本北側の通りといえば老松通りで、老松通りといえば骨董の街ですが、骨董というか、愛すべきガラクタを蒐集しているお店も多いですな。

そんな街にあって、おんなじようにゆる~い時間が流れているというか、時計が昭和40年代くらいで止まっているかのような、喫茶店があります。

喫茶 カンタータ。

なんせ、お店の入口上部には、「珈琲座」と書かれてますからね。
座。
一応、「サロン」と意訳してみましたが、どうでしょうか?

中に入ると、骨董、もとい、愛すべきガラクタたちが所狭しとおわします。
江戸川乱歩の世界というか、竹久夢二の世界というか、とにかくですな、ノスタルジックな香りに包まれていて、思いっきり郷愁を誘います。

35年まえのオープンといいますから、昭和40年代の終わりごろのオープンになるのでしょうが、まさに、その時代の風景ですわ。

赤電話にダイヤル式のチャンネルのテレビ、一世を風靡したBlack & Whiteの熊の置物にジョン・レノンを模したレアもののウィスキーボトル…。ビリケンさんもいれば、古~い資生堂のポスターもありました。

よくぞ、集めたり☆

男の子なら誰でも一度は某かのコレクションにハマるし、すべての男の子は、一度は、コレクションを集めた博物館を建設することを夢見るものですが、ここのマスターは、それを実現しちゃってるわけですね。

今は店内に飾ってないけれども、ブリキのオモチャも多数所蔵してはります。
倉庫を2部屋借りてる、と言ってはりましたからね。
1点5000円と見積もっても、1万点で5,000万円…。35年分とはいえ、結構な財産ですよ! 家、建ちますよ!

さて、そのカンタータですが、じつは今月末で閉店です。
大家さんが亡くなられて、地主さんとちょっとしたトラブルがあって、移転も考えたけれども(じつは3年前に数件隣から引っ越したところです)、もう年やし、60歳超えたし、ここらで幕を引こうかと、と、マスターはおっしゃってはりましたな。

天神祭も終わったことですし、最後の名残を惜しんで、僕も、閉店までにもう1回は行っとこうと思ってます。
またひとつ、名店の灯が消えます。最近、そんな話が多いな。


















カンタータ
大阪市北区西天満4-6-22
tel. 06-6363-0318

2009/07/25

天神祭 2009 vol.2(陸渡御~船渡御~奉納花火)編 写真41枚付き

7.23の本宮前日にギャルみこしが出て、さらには今年は景気付けのために新地にも神輿が出て、で、7.24の初日の宵宮祭と鉾流神事を経て、7.25はいよいよ陸渡御と船渡御。

これは、神さまに、氏地の平安を見てもらうと、陸と大川の両方で行列を組んで練り歩く行事ですな。

神さまが乗る御鳳輦(ごほうれん)を中心に、催太鼓やら神輿、神具、牛車、旗、鉾なんかが行列をつくって、陸と海を練り歩くわけです。そのあいだに、地車(だんじり)が、祭の盛り上げ隊となって練り歩き、宮入します。

あいにく、仕事が入ったり用事が入ったりで、今年は広範囲に見ることができなかったんですが、お祭りの模様を少しおすそ分け。

まずは陸渡御から。天満宮から出発して、天神橋の北詰にある乗船場まで行列が練り歩きます。

先頭は、催太鼓。
初っぱなから賑やかですよ~。
長くて赤い布が垂れ下がった投げ頭巾というか、烏帽子に似た帽子をかぶって、背中に背ブチ(木の棒)を背負おっている願人(がんじ)さんたちが、6人一組で太鼓を叩きます。この出で立ちに、朝鮮の影響を感じるのは僕だけでしょうか?






続いて、猿田彦。たしか、手塚治虫の名作「火の鳥 鳳凰編」にも出てきたように記憶しているのだけれども、猿田彦は、そう、天狗です。乗ってる騎馬がすごいですねえ。サラブレッドにはないぶっとい脚がド迫力です☆




この次が、神鉾。
天井から天空に向かって突き刺しているのが、鉾ですね。これまたすごい鉾ですね~。これなら、どんな盾でも突き破りそうな…。





で、これが僕は一番好きなのですが、天満卸売り市場の講がやってる地車。今年は雨の心配があったんでビニールを被せてあったんですが、それでも降らなさそうと見るや、途中で、ビニールを剥いでくれましたね。
チンドンチンドンと、鐘と太鼓の音が、祭を一層盛り立ててくれますねん。この地車は、24日のうちはずーっと天満宮の境内で鐘と太鼓を打ち鳴らしてくれているんですが、これを見てるだけで、祭や~っ!って気分になります。
この鐘と太鼓の音にあわせて踊っているのが、蛇踊り。
蛇というか龍が玉をとろうとしている姿を踊りにしたものなので、手が三本指、つまり龍の指になってます。この踊りも、僕、かなり好きですわ。踊りと舞の中間にあるようなかんじで、なんともいえん、洗練された勇壮さがあります。






青い着物を着た人たちは、踊りの名手ですな☆
ほれっ!





次、獅子舞ですね。






このあと、釆女と稚児さんによる花笠。これもねえ、人数がすごくて、しかもカラフルなので、圧倒されます。







今回の陸渡御、このあたりしかフォローしてないんですが、あとは、いろんな場所で見かけた祭の風景を。














ほいでですな、陸編が終わったら、次は、6時半くらいからかな、天神橋の乗船場から船に乗り込んで、今度は船渡御です。大川を、都島から中之島のあいだで往復します。

船はですねえ…、これはもう、どれがなんの船だか、わからんですね(笑)
や、そんときはわかるんだけど、あとで写真を並べてみても、さっぱりわかりません(笑)

コースも隊列も無視して、好きに走っていいのは、どんどこ船。
この船は、どこに行ってもいいので、道頓堀まで行くときがありますな。今年は行ったのかな。
住吉の木場の講の船なのですが、どこに行ってもいい代わりに、この船だけ手漕ぎです。

あと、落語船とか文楽船、能奉納船なんてのもあります。
あ、例年、大阪府下にある外国の大使館や領事館を大阪府が招待する船が2隻あるんですが、今年は、橋本知事の緊縮財政で、中止。で、合計79隻の船が出たそうです~。


天神橋から出発して東へ向かい、都島で折り返してくるのが、神さまを乗せた船を中心とする奉安船の隊列で、逆に都島から出発して西へ向かい、天神橋で折り返すのが、神さまを迎える側の、奉拝船の隊列です。


すれ違うときに、大阪締めを行なって、エールの交換というか、祭を盛り上げますな。ただし、船にも格がありまして、格下の船から格上の船に向けて大阪締めを仕掛けるのはタブー。お祭りなのでね、いろいろと決まりごとがあるのですね。



さて、この、船渡御のときに行なわれるのが、お楽しみの奉納花火なのですが、これ、普通の花火大会だと思って行くとね、ちょっとがっかりします。
この花火は、妙に間隔が空くのですね。ドンドンドドドド~ンと、ひとかたまりの花火があがったと思ったら、次のかたまりまで、妙に時間が空いて、イライラするんですよ~。

僕も今回初めて知ったのですが、じつは、それには理由があったのですね。
一応、花火大会ではなくて、奉納花火と名乗っているのはダテではなくて、神さまを乗せた神輿の奉安船が、花火の仕掛けてある場所を通過するとき、花火をあげるんやそうです。だから、奉納の花火。
船が通過するタイミングに合わせているので、間隔があくんですと。






ではでは、以下、一気に、船渡御と奉納花火です~。


このへんが、神さまが乗る神輿を乗せた、鳳神輿奉納船とか玉神輿奉納船とか、そういう船です。でも、どれがどれやら…(笑)







これは、違うと思うんですが、ハデだったので、パチリ☆




これは、大阪市交通局の水上船ですね。抽選で当たるんやそうですが、どこで抽選してるんだ?(笑)





これは、チキンラーメンの船(笑)





かがり火を焚いている船もありました。





で、お待ちかねの花火です~。













ふう。
このあと、神輿は宮入して、天神祭も終了。

今年は、25日の午前中にスコールなんかもあって、花火や船渡御ができるかどうか心配されたけれども、無事に雨もやんで、過ごしやすい気温のなかでできましたですな☆

翌26日の朝、天神橋筋商店街は、毎年のことですが、きれいにゴミが片付いていて、何事もなかったかのように、普段の光景になってます。
このあたり、街がやってるお祭りの心意気を感じます☆



ふぅ。
以上、天神祭、終了です~。








天神祭 陸渡御 船渡御 奉納花火