2010/03/31

NHKよりももっと神聖かまってちゃん!

昨日エントリーした神聖かまってちゃんについて書いた「木蓮と爆音」の反応がすごいです。
僕のブログには不思議なくらいにコメントがつかんのですが、その代わり、メールが来る(笑) ダイレクトにメール送られると仕事に支障が出かねんので、なるべくならブログのコメント欄にお願いします(笑)

日曜深夜のNHKを見た人たちの衝撃は、やっぱ、すごかったみたいですな。

かまってちゃんもすごかったけれども、なによりもこのバンドを出演させ、収録だったのにもかかわらず、最後のMCまで放送したNHKは、やりおりますな、と。
ついでにいうと、歌詞の「TSUTAYA」を字幕付きでそのまま放送したのも、まあどーでもいいことだけれども、NHKはやりおりますな、と。

僕らは情報過多になっちゃってるから、音楽番組のかなりの部分が事務所の思惑に左右されているだろうことを、知ってる。
でも、大人の事情を抜きにして、素晴らしい音楽、素敵な音楽を流そう、紹介しようという良心は、現場の人間なら、ある程度は持っていると思うのですね。
僕だってさまざまな現場で働いていて、わけのわからん大人の事情をくぐり抜けて少しでも素敵な仕事を、と、普通に思って仕事してます。
現場という場所には、そういう思いを抱えた人は、一定程度いるはずです。どんな現場であってもね。
いわゆる、つくってる人たちの顔が見えるもの、というやつです。

だから、最近の音楽番組を見ていると、いい音楽聞かせるよ!との気構えを感じるものは、ひところよりは確実に増えてきていると思うのですね。

でも、わけのわからん音楽がTVに出てくるチャンスは、相変わらず皆無かも知れん。

むかしは、もちょっとありました。
たまがテレビに出てきたときは衝撃だったし、サザンがザ・ベストテンに出てきたときの衝撃も、今でも覚えてます。
エレカシのテレビ初出演も、わけわからん得体のしれんパワーが渦巻いていました。

テレビっちゅーのは、本来、予測できないもの、評価の定まっていないもの、どう捉えたらいいのかわからんもの、そういう新しいものを世に問う機能があったはずです。
でもテレビは生放送を捨てて、ハプニングや凸凹をぬぐい去った編集ものを流す道を選んで、つまんないものになりました。
そのテレビが捨ててしまったものを今はネットが担っているわけで、だから神聖かまってちゃんが主戦場にネットを選んだ理由は、とーってもよくわかります。

そこへ今回のNHK。
よくぞやった、と、もちろん思います。

みんなに受け入れられそうなものばっかり志向して、わけわからんけど新しいものは眼中にすらない、というテレビ界を取り巻く状況のなかで、今回、NHKはがんばったんでしょう。視聴率なんて気にしなくてもいいはずのNHKですら、テレビ界を取り巻く状況に絡めとられていると感じるだけに、今回の放送は、英断と言っていいかもしれない。

でも、それが主な感想でいいのか?
と、僕は思います。

僕らは、いつから評論家になった?

NHKの現場は、誰かの英断によって、神聖かまってちゃんをパッケージせずに流した。不穏なものを糖衣でコーティングせずに剥き出しのまま流した。

それを、そのまんまのかたちで受け取った人たちが、たくさんいた。
僕も、受け取った。
受け取った翌日から、その人のなかでなにかが変わって、動きが変わった。
なにが変えたんだろうか?

自分のなかのなんかのスイッチが入って、そのスイッチを押したものの正体はなんなのか?
それこそが、重要なんじゃないのか?
NHKやテレビの組織論なんて、僕みたいな、世間の有象無象にまみれたすれっからしのオッサンが、わけ知り顔でやればいいこと。
その僕ですら、NHKよりも神聖かまってちゃんに感動してる。

NHKは、よくやった、と思う。
でもそれは、受け取ったもののデカさや素敵さに比べたら、どーでもいいことだ。
NHKの組織論に目配せしてる暇があるんだったら、受け取ったものの正体について考えを巡らせることのほうが、はるかに素敵なことだと、僕は思うんですけれどもね。

パンクは、いつだって、世間に違和感を覚えた連中が叫ぶ、うめきです。
そのうめきは痛みを伴っていて、この痛みは滅多なことでは消えてくれないから、信じるに足る感覚です。自分が生きていくうえで、よりどころにできる、たしかな感覚です。
その痛みをひとりで抱えていて、どうしたらいいかわかんなくて悶々としているとき、ああ、この世には、自分とおなじような痛みを抱えて自分とおなじようにのたうちまわっている連中がいて、でもこんなふうにそれと向き合っている連中がいるのだ、という圧倒的な共感は、次の扉を開けるひと筋の光です。
気づき、なんて生やさしいものじゃなくて、目覚め、です。覚醒。


神聖かまってちゃんの音楽からは、それを感じとることができます。
言わなければならない言葉、それだけでできてるからな。



件のNHKの番組、YouTubeにアップされてるやつをもっかい貼っときます。
現時点でこれを削除させてないNHKは、なかなか太っ腹です(笑)
返す返すも残念なのは、NHKの大阪支局が北区ではなく中央区にあるということですな。ギリギリで北区の外なんですよ、これが(笑)




木蓮と爆音


パティ・スミスは今でも聴くし、銀杏は相変わらず好きだし、犬式にはもうちょっとやってほしかったと思うし、ジョー山中肺がんに負けるなって思うし、もうすぐキヨシローがあの世に旅立ってから1年が経つのかとも思う。
ええ年して、ブラックもラテンも土臭い音楽も好きなくせに、やっぱ、パンク・ミュージックが大好きなルイスです。

なんやろね。

パンクというのは、初期衝動そのもので、意味なく殴りたくなる衝動、思わず唾を吐いてしまうような若い行動、気がついたらガッコや会社とは反対方向の海行きの電車に乗ってるような、なんら建設的ではない、でも、やむにやまれぬ行動の象徴です。
日頃、商売は社会の役に立ってなんぼ、などとエラそーに言ってるくせに、僕、やっぱ、パンクが好きなんですね。
イラついてね、誰彼なしにしばいたろか、という感情は、今でもむっくと顔を覗かせるときはあるから。ただ、大人になって、知恵もついて、そうした気配を感じとられないようにする術が身についているだけで。

こないだの日曜、NHKで神聖かまってちゃんという年若いパンク・バンドを見て、久しぶりにガツンとやられて、やっぱ僕はパンクが好きなんやなあ、と、呆れながら思いましたです、はい。


桜の蕾が綻びはじめたけれども、扇町公園では、その横で木蓮が木の枝いっぱいに白い花を咲かせてます。
風が吹けば、木蓮の匂いがかすかに届いてきます。夜道を歩いている折り、木蓮の香りが深く染み込んでいる大気の層に出会うと、今さらながらに、季節の巡りの疾さに驚かされます。
もう、じゅうぶんに落ち着いたものと思っていた自分の感情の層に、不意にぶつかって、そういうものの生々しさにハッとしたりすることがあります。
枯れる、
ということは、おそらく、一生、人にはないのだろうな。
ときおり、感情や欲望が凪いだように穏やかになっている状態が続くときもあり、それはそれで仕事も進み、悪くない気分であるのだけれど、その代わり、歯軋りするような辛さや想いが減ったぶんだけ、歓びや感動も、少し薄まっているような気もするのですよ。

かつて、自分が有していた、辛かっただけの日々や、息が苦しくなるほどの濃い感情が、急に懐かしくなるときがあります。
おそらく、たぶん、人は、こういうことを、繰り返し繰り返し、続けていくのだと思います。ふたつのもののあいだを、行ったり来たりする旅を、繰り返していくんでしょうな。

ナイフよりも笑顔、と思う昨日があれば、その逆もある、と。


ボブ・ディランは、嘘つき!と言われながらも、アンプにプラグを差しただけだ。
レイジは言語の自由を訴えてフルチンでステージに立っただけだ。
キヨシローは、テレビで、オマンコ放送局!と叫んだだけだ。
アケミちゃんは、目ん玉ひんむいてステージでオナニーしてただけだ。
だから、パンクなんて、クソだ。
でも、それができなければ、パンクはもっとクソです。

世界に対して、あっかんべーをする爽快感。
あっかんべーをして走り去るくせに、誰よりも淋しんぼう。
それがパンクなのだとして、神聖かまってちゃんは、久しぶりに出てきた純血のパンクバンドです。
2ちゃんで宣伝して、ニコニコ動画にPVをアップして、クソみたいな本音の反応にまみれて…、ネット時代に生まれた、圧倒的に新しいコミュニケーションを身に纏いながらも、貫いているものはあっかんべーの爽快感で、あらゆる感情のなかで痛みだけが信じられるのだという確信です。
ジョン・ライドン、町蔵とまったくおなじ目をしてる。


寒の戻りと春の嵐が繰り返し訪れる季節の狭間、抜けるような青空がひろがった真っ昼間、木蓮の白い花を目に無数に映しながら、神聖かまってちゃんを爆音MAXで聴くひととき。

木蓮が咲いている。

40過ぎて、こんなものに血をたぎらせているという事実に、我ながら笑ってしまう。



あっかんべー。

2010/03/30

桜の植樹3000本達成記念イベント「平成の通り抜けを歩こう」


こないだの日曜日、3月28日、朝の10時から、桜の植樹3000本達成記念イベント「平成の通り抜けを歩こう」が開催されたんで、ちょいと顔を出してきました。

これは、建築家の安藤忠雄氏が、中之島一帯に桜を植えて、大阪の「民」の力を花咲かせよう!って呼びかけてスタートした、一大プロジェクトですな。

これ、全部を寄付でまかなってるところがすごいですよね。

1口1万円の寄付で、1本5万円の桜の苗木と30年間の手入れ費用×1,000本に充てるのを目標にしてたのが、寄付金約5億2,000万円集まって、目標を3,000本に上方修正しての達成です。

桜はそれぞれナンバリングされていて、下図の場所に、それぞれ植えられてます。
自分のおカネで買った桜がわかるというは、楽しいアイデアですよね。





淀川の花火大会もそうだけれども、大阪人というのは、普段はケチでも、気に入ったときのカネの出しかたが、ハンパない(笑)

今回のセレモニーに、元財務大臣の塩ジイも来てましたが、塩ジイのおとうさんは、かつての大阪城天守閣の再建のために募金されていたらしく、やっぱ、そういう血を受け継いでるみたいです。今回、塩ジイは、ひとりで800人から寄付を集めたといいますからね。

やりかたが巧妙で、中之島に桜並木をつくりたいんですわ~、と、会う人会う人にいうと、たいていの人は、それはいいことじゃないですか!と、判で押したように反応します。そこですかさず、それならばおねがいします!と、カバンから寄付の領収証が出てきて、話に賛同したからには!と、その場で寄付金徴収(笑)
1万円の寄付なんて口では言ってもなかなか行動には移せないもんなので、言質を取ったら即!(笑) …迂闊に褒めてられません(笑)

そーゆー、おもろいやりとりがあったことも披露され、オープニングのセレモニーで壇上にいらっしゃったのは、安藤忠雄、塩ジイ、谷川シューゼン参院自民党幹事長、田中眞紀子、平松市長、桂米團治、阪大の学長などなど。あ、ドイツからミス・ハンブルグのベッピンさんもいらしてました。

メンツを見てもらえればわかる通り、まあ、口の悪い方々が揃ってらっしゃって、丁々発止のやりとりは、なかなかおもしろかったです。

桜色の羽織を皆さん着てるんだけれども、これ、ビニールシートでつくった晴雨両用だとか(笑)

などなど。
本来なら、民だけの力でやってるんだし、エラいさん呼んで箔つけたりしなくてもいいのに、と思わんでもないんですが、エラいさんが揃っているわりには、ユーモアたっぷりのセレモニーで、随所に大阪らしさが出てて、まあ、これはこれでよかったのかな、と。

橋本知事は欠席だったけれども、大川の岸辺に人工プールを構想をぶちあげたばかりです。
そして、大川には桜が3,000本増えました。
八軒家浜もできました。
遊覧船も、かつてに比べたらビックリするくらい運航してます。

これからも、このあたりは、どんどんいい方向に変わっていきそうな予感ですな。


セレモニーは、このあと抽選会なんかをやって終了。
その後、中之島公会堂まで、皆で桜を見ながら歩いたのでした。

僕? 所用があって、途中退場(笑)
まあ、桜もまだ五分咲きだし、まだまだチャンスはなんぼでもありますから~。
また今度、平日の午前中にでも、ゆっくりとプラプラ歩いてみます~。




おまけ。
銀橋からセレモニーを眺める鳩の一群(笑)








桜の植樹3000本達成記念イベント「平成の通り抜け」を歩こう!

2010/03/29

今回もやっぱり大人が夢中になった、こども面白サイエンスカフェ☆


またまたまた北天満サイエンスカフェ。怒濤の3週連続ですが、なんとかかんとか最終週まで辿り着きました(笑)
商店街が助成金をもらってまちおこしの一環で行っている事業なので、年度末までに一定の回数をこなさないとダメらしく、怒濤のペースになってるんですが、来年度、つまり4月からは月イチのペースになるそうです。マジ、月イチ程度にしてもらわんと、時間のやりくりが大変です(笑)



さて今回は、春休みにふさわしく、こども面白サイエンスカフェ☆昨年12月に続いて、2回目です。
雑誌の「科学と学習」がなくなって「大人の科学」が売れてる時代だけれども、前回のを見たとき、やっぱおもしろい実験は子ども心を引きつけるよな~、ってことでした。
で、この、おもしろい実験というのがクセモノで、子ども相手だからって、子ども騙しのものをやると、しらけちゃうんですよね。
子どもっちゅーのは、素直にシビアですからね。大人の事情なんて通用しないから、子ども騙しじゃなくて、全力で子どもを楽しませるものを考えないと、すぐに横を向いちゃいますね。
最低限、大人を楽しませられるものでなくてはならないと思います。このラインが、クリアしなければならない最低限のラインだ、くらいの感覚でないと、しんどい。

その観点からすると、ここでお子ら相手に繰り広げられる科学実験というのは、かーなりおもろいです。これはもう、前回で実証済み☆

お子らにいろいろと実験をさせてくれるのは、現役の理科の先生方。全国行脚でこういうことをされていて、人気が高い先生方とのことです。

さて今回は、どんな実験が登場したのか。



これは、のっけから衝撃的な実験。
手前のペットボトルに入っているのは、アルギン酸ナトリウム。ワカメや昆布のネバネバ成分だそうです。アルギン酸ナトリウムを1%に希釈して、天然色素で色をつけたものが、このペットボトルの中身。
コップに入れた塩化カルシウムや乳酸ナトリウムの灯名の液体に、色付けし希釈したアルギン酸ナトリウムを注射器に入れて投入します。
すると…、イクラのような粒ができます! カルシウムにアルギン酸ナトリウムが反応して皮膜ができ、このような球体ができる、と。
これ、食べても無害らしいので、食べてみたら、無味無臭。でも食感がね、イクラに似てるんですよ。
なので、オレンジに着色したアルギン酸ナトリウムを注射器からここに投入すると、イクラそっくりの粒ができます。口に入れると少しとろっとしてるんで、マジでイクラそっくり。
これにね、イクラのエキスかなにかをまぜると、絶対に気がつきません。で、実際の食材に、そうしてつくられたものがイクラとして使われているそうです。




これは、プリズムの原理を応用した偏光レンズ。ひとむかしまえ、このフィルムを使ったメガネが流行しましたな。夜景とか見ると、なかなかキレイです。カメラに貼り付けて写真を撮ってみたら、こんなふうになりました。




これは、おなじみブーメラン。中心から外に向けて少し反らせると、ちゃんと戻ってきます☆むかし、これでよく遊んだわ~。ちゃんと手元に戻ってくるようにするのが難しいんですよね。




このペットボトル、写真だとわかりにくいけれども、底に小さな穴があいてます。でも、ペットボトルのキャップを締めてると、中の水は漏れません。キャップを開けると、たちまちのうちに底の穴から、水が漏れます。
なんでかというと、水の上にあるペットボトルのなかの空気、水の下にあるペットボトルの底に開けた穴を通して外の空気、この、水の上下の空気が、それぞれで水に圧力をかけているので、水は穴から漏れていかないんですね。
でも、あたりまえだけれども、ペットボトルの底に開けた穴がデカければ、圧力バランスが崩れて、水は穴から漏れていきます。
おもしろいのは、このとき、ペットボトルのキャップを締めた状態だと、水は漏れるけれども、上下からの空気の圧力がかかっているので、漏れるときに、穴から気泡が入ってきて、水は気泡を発生させながら漏れていきます。
でも、ペットボトルのキャップを開けると、上の空気は解放されるので、上の空気が水に対してかける圧力が減り、気泡は発生せず、ただ水は底の穴から漏れていくだけ。
この実験で、空気が水に対して圧力をかけていたりかけていなかったりすることが、目に見えてわかるわけです。
単純だけれども、なかなか興味深い実験でしたな。




これも衝撃的な実験☆
鳥がペットボトルのキャップにくちばしだけで乗せて、とまってます。でもこれ、糊でひっつけたりしているわけではなくて、ただただ置いてるだけ…。
答えは、ペットボトルの横に見える、鳥を引っくり返した状態のものにあります。両方の羽の裏側にオモリがついてます。これがあることで、鳥のくちばしを支点としたヤジロベエになります。おかげで、鳥は、くちばしを乗せるだけで、どこでもとまれてしまうという、すぐれものになってるわけです。もうね、手品見てるみたいでしたよ☆




これは、モルちゃんのトリプルアクセル☆
コップを口につけて、わ~!って声を出すと、爪楊枝の先に引っかけたモールが、回転しだします☆声の音波が振動となって、モールを回転させるんですな!
音波の長さによって上手くできたりできなかったりなので、声質をいろいろ変えてみると、上手くいくみたい。
挑戦しているのは、サイエンスカフェのスタッフとして運営にかかわっている阪大の学生さんです。そう、大人でもじゅーぶん楽しめるのです☆




というわけで、大人向けのコーナーも、今回はちゃんと用意されてました(笑)




これ、立体パズルだけど、まー、難しいです。
僕も挑戦してみたけど、どんだけ時間がかかったことか!(笑)




答え。できてみるとカンタンだけど、この組み合わせを発見するのには、発想の転換が必要なのですよ~。




糸電話ならぬ、バネ電話。
糸のあいだに、スプリングを接続してます。これのほうが、振動がより大きくなって、糸電話よりも鮮明に聞こえます。トンネルで話してるようなかんじで、声の反響がでっかくなるんですね。




今回は、同時進行で、紙芝居もありました。
漫画家学会(←学会じゃなくて、会社名です☆)に所属する紙芝居師の、くぼてんきさんの紙芝居。超人気で、全国で引っ張りだこの紙芝居師さんですね。
べつのイベントでもお見かけしたことあるし、お話をうかがいたかったんだけれども、子どもたちが放してくれなくて、付け入るスキなしでした(笑)
このあと、東京で3ヶ月、常設の紙芝居小屋で活動されるそうです。そのあとはまたどこか。旅芸人ですね。




というわけで、個人的には毎回でもいいくらいおもしろい、こども面白サイエンスカフェでした。ご覧の通り、大盛況☆







次回は、第13回北天満サイエンスカフェは、4月17日(土)14:00~16:00。
「ニュートンも没頭した錬金術」です。
錬金術、ぜひ、マスターして、大金持ちになりたいです(笑)



北天満サイエンスカフェ
天五中崎通り商店街
大阪市北区黒崎町
HP http://kitatenma-cafe.com

2010/03/27

阪急梅田駅のガード下の落書き消しをやってくれてはる人たちがいるのです

またまた町会・商店会ネタ。

阪急梅田駅のガード下西側、DD HOUSEの向かいのガード下ですけど、あのあたりは、芝田商店街というれっきとした商店街です。

で、ここの町会や商店会は、わりと活発に活動されていて、ハタで見ていて、なかなか楽しいです。や、ほとんどボランティアでされていることばっかりなので、頭が下がるんですけどね。

あのエリアが今はおもしろい!とかこっちのエリアが盛り上がってるとか、ミーツ的な街の観察も楽しいけれども、最近、北区内の町会や商店会とお付き合いさせてもらうようになって、この人たちが目立たない日陰でボランティア活動をされているからこそ、そうした街の流行り廃りの話もできるんやな、と思うようになりました。

もうね、パトロール、交番との連携、監視カメラの設置、放置自転車対策(←これは僕の天敵ですが。笑)、清掃等の美化、事故防止、道路整備…、ビックリするくらいたくさんのことを町会や商店会の方々がされていて、そのうえ、福祉関係まで裾野を広げると、両手では全然足りないくらいの活動の幅があります。

ここには企業住民とよばれる、地域の企業さんも、メンバーに入って活動されてます。
今でこそ、CSRとかいって、企業の地域貢献や社会貢献がかしましくなってきたけれども、そんな横文字が流通するまえから、企業住民を巻き込んだ町会活動って、行なわれてます。

芝田を代表する企業さんというと、阪急グループがあります。

その阪急さんと町会が連携して、今、落書き消しが行なわれてます。

電柱に貼られたビラや落書き、ガード下の店舗と店舗のあいだの壁に貼られたビラや落書きを取り除いて、キレイにする、と。
窓割れ理論でしたっけ? 街が汚かったり軽微な犯罪を放置しておくと凶悪犯罪が起きやすいので、軽微な犯罪を徹底的に取り締まることで凶悪犯罪を抑止するとする、犯罪環境学の研究がありますわな。

これは、大阪市が呼びかけているものでもあるんですが、たとえば芝田の商店会や町会がこの呼びかけに応え、阪急のガード下を管理している阪急グループに要請を出し、その阪急グループが地元のために落書き消しに一肌脱いで要請に応えた、というかたちになります。

それこそ、CSRなんて言葉以前に、地元と阪急グループが普段から良好なコミュニケーションをとっているからこそ実現できたことです。

遊びにくるだけやと、汚いなあ、とか、いつの間にかキレイになってるな、くらいの感覚しかないけれども、これ、誰かがキレイにしてるわけです。

電柱なんて阪急さんの持ちもんではないから、落書きを消すにしても、関係各所への申請やらの手続きが尋常じゃない煩雑さやったと思いますよ。
たぶん、いろいろあった末の苦肉の策やと思うんですけど、シートを巻いて、とりあえずは、目立たんようにしてくれてます。



この警告は、個人的には天敵(笑)




夜を徹して、落書きを消してくれてるのは、もう、頭を下げるしかないですな。
ペンキを塗るまえに錆び止めを塗らんとあかんのですが、そのまえに、ビラをはつっていかなあきません。
ビラをはつって、ペンキがついたらアカンところをマスキングして、錆び止め塗って、それからペンキ。
お店が開いてる時間や人通りがある時間帯は邪魔になるから、夜の11時からはじめて、朝までやるんやそうです。


マスキングしてはります。




錆び止め塗ってはります。これ、すべて夜中から朝にかけての作業です。





1日では終わらんので、2日、3日かけて、やるんやそうです。

まちづくり論は大流行りですけど、ほんまにね、こういう活動が、華やかなまちづくりの縁の下の力持ちになってることについては、なんぼ想像力を働かせてもいいと思うのでした、マジで。






阪急グループと芝田町会による落書き消し
大阪市北区芝田1

2010/03/26

泉布観に行ってきた☆

大阪に現存する最古の洋風建築といえば、天満にある泉布観
耐久の問題があって普段は閉鎖されてますが、3月20日(土)~22日(月)の3連休だけ一般公開されたんで、行ってきました。

もっとも、一度に入れるのは30人までで(年々少なくなってますな…)、入場が30人に達すると、誰かが出てくるまで入れません。。。そのせいで、30分近く並びましたが、そのぶん、なかには30人しかいてないんで、ゆっくり見ることができました。

泉布観は、1871年(明治4年)、造幣局の応接所として建てられてます。
設計は、造幣局を建てたイギリス人技師ウォールトス。
この人は、東京の銀座煉瓦街も設計してる、明治初期の日本を代表する建築技師ですな。
ところでこの人、イギリス人と紹介されてますが、アイルランド人と紹介している文献もあります。当時の英連邦がどうなってたのかは知らんのですが、このへんは国が時代によって変わってるから、ややこしいですな。ちなみに、ウォールトスという名前は、どーみても、アイルランド系です…。

完成の翌年、1872年(明治5年)に天皇が行幸し、そんときに「泉布観」の名称を天皇自身が命名してます。「泉布」は「貨幣」を意味し、「観」は「大きな館」を意味する、と。…そういわれても、なんやピンと来ませんが、そーゆーことになってます(笑)

造幣局が日本の殖産興業を代表する施設やったこともあるとは思うんですが、明治天皇は、この場所がえらくお気に入りやったらしく、3度、ここに来てはります。それ以外にも、皇族やら外国の要人やら、数々のエラいさんが、ここを訪れてます。

西洋建築屋のに屋根に瓦を葺いているという和洋折衷がすごいですが、不思議と調和がとれてますね。このあたりのまとめかたは、素晴らしいと思いますわ。
まだ西洋建築のノウハウがない時代ですから、設計がイギリス系やとはいえ、日本の大工さんは苦労したでしょうな。

構造は煉瓦造りの2階建て。建物の周りにベランダを配した、「ベランダ・コロニアル」という洋式やそうです。たしかに、コロニアル風ですね。
耐火煉瓦を除く構造用の煉瓦はすべて国産品で、兵庫や堺など大阪周辺のほか広島でも製造されてます。造幣局を建築するときに各地に煉瓦製造の炉が造られてますから、それらを使ってるんでしょうな。

1893年(明治26年)に、第四師団長北白川宮能久親王が住居の一部として使用し、その前後に改築してます。
1917年(大正6年)、大阪市の管轄に移り、実科女学校の校舎の一部として利用されたこともあります。

1956年(昭和31年)、洋風建築物としては全国に先駆けて国の重要文化財に指定されてます。

なんちゅーか、文明開化の華、ですな。
こんなところに住みたいけど、掃除が大変やろな(笑)


写真、いっぱい撮ってきました。
下のサムネイルをクリックすると、でっかい写真が見られます。

スライドショーで見る場合は、以下をクリック。
スライドショーのページでは、右上の「options」をクリックすると、フルスクリーンにしたり、キャプションを表示したり、スライドスピードを変えたりすることができます。

泉布観スライドショー



泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観  泉布観




泉布観
大阪市北区天満橋1-1-1